今日もココカラ

いつも心にフィルターをかけているぜきちゃんが、心の底にある気持ちを出して、少しずつフィルターを溶かしていくブログ

モノの価値

【気づき】


目に見えるものに価値はない

 

目に見えないモノにこそ価値がある

 

ものには価値がない


モノがあたえる印象に価値がある

 

印象に対する感情

 

印象が与える影響にこそ価値がある

 

目に見えていても影響を与えないモノには価値がない

 

否定ではない

 

与えていないからと言って存在している意味が無いわけではない

ただ、備わっているその価値を発揮できているかどうか?

その部分での話である

人生は・・

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自分が何のために生きているのか?

を考えた時、本当に何のためになんだろう?って思う。

 

いつも自分の意識の底辺に、

ちゃんとしてよう

ちゃんとしよう

ちゃんとして、人からツッコミ入れられないようにしよう

そんな気持ちがあると思う。

ちゃんとしてない面は人に見せないようにしよう

ちゃんと、人のためになる事をしてちゃんと生計立てたい

ちゃんとしている人と思われたい

ちゃんとしてると思われる事が喜びなのか?

思われてどうされたいのか?

ちゃんとしていたいがために、スキを見せないために顔を緊張させている

近寄らせないような顔をしている

近寄らせないような顔をしておいて、近寄って来ない事を嘆いて自己否定している。

 

ちゃんとしていたいがために生きている

 

なんともつまらない人生の目的だ

 

もっと違う目的を持って生きられないものか?

 

人生は楽しむためにある

 

苦しみや悲しみも、楽しみを輝かせるためにある

 

楽しみ方のステージを上げるためにある

 

楽しみのステージアップのためにある

 

楽しみの段位を上げるためにある

 

 

人類とエネルギー

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人間は形や質は違えどエネルギーを欲している生き物なのか?


それは人類だけなのか?他の動物にも当てはまる事なのか?


様々なカタチと質のエネルギー


それが欲しくて生きているのか?


お金、現金、思い、気持ち、感謝、食べ物、電気、石油、全てがエネルギーと言える。


人類はただエネルギーが欲しい生き物なのか?


エネルギーを欲する生き物なのか?


人類はそれを望んでいる生き物なのか?


それは生き物の本質なのか?


それとも人類だけなのか?


人類以外の生き物は何を望んでいるのか?

生の周波数に触れる

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昨日のてじーのコンサートで思ったこと
どうしててじーのコンサートに興味を持ち、一人で出かけていったのか?

生演奏は生の息吹
これは音の生の周波数
人々はこれに刺激されアマウツシ状態になっているのだろう

音の生の周波数は、自分の見えない所、なかなか気がつかない部分でいつのまにかに影響を与え、
自分のオーラ、細胞、組織、身体を揺らし、震わせる。

生命はこの生の周波数に影響を受けて
光り輝いたり、活性化したり、素晴らしい表現をしたりする

音楽の生演奏は、この周波数で影響を与える

世の中の気持ちのよいことや楽しいことはそういう影響を与えてくれるのだろう

この周波数という点を視点にして、身体の健康や、心の健康、感情の揺れ動き、パフォーマンスの変化、人生のあり方の成長を検証するのは楽しいかもしれない。

音は周波数なのか?周波数は音なのか?
人間の耳に聞こえる音だけが音なのか?
周波数はエネルギーなのか?エネルギーは周波数なのか?

感情は周波数?

振動

ゆらぐ
揺れる
揺さぶる

言葉
物質

感情
生命の存在
数字

 

忘れてた子供の頃のトラウマ〜その2〜

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つづき

 

この歳になって最近、白髪が増えてきた。


いきなりまとまって白髪になってなっているのではなく、少しずつ目立つようになってきた。
髪の毛が伸びてくるとクセが気になりだす。
だから無意識に髪に触っていじってしまう。

 

鏡でのぞくと白髪も気になる。
波々とクセのついた髪の毛は鏡で見るとよく目立つ。
そうするとついつい抜いてしまう。
ピッと一本ずつ抜けると気持ちが良い。
なんかスッキリする。


かといって気になるクセのついた髪の毛を全部抜けるわけではない。
だから次から次へと抜いてしまう。
ふと気がつくと、無駄な事だと思い、あぁ、もういいや。と我に返ってやめて、日常に戻る。

 

そんな事の繰り返しを最近してた。

 

なぜそんなにクセ毛を嫌い、抜くのだろう?

 

ちょっと今書きながら思ったのは、これってもしかして自傷行為

 

うーん、なんかそんな要素もありそう・・・

 

未だに自分を受け入れられないでいる自分がいる。

 

そんな事に気がつき始めた。

 

クセ毛のある自分はダメな自分。

許せない

クセ毛があるせいで何かが欠けている人間だと思い込んでいる?

だからそれを覆い隠すために、もっともっと成長しなくてはいけない。

学ばなくてはいけない

厳しく自分を律しなくてはいけない

 

そんな事を思っていたのだろうか?


自分は欠点や足りないところを突っ込まれるのをひどく嫌う
だから突っ込まれないように完璧にしておきたいと思っている。

 

最近、自己受容の本を読んでから、世の中には完璧な人間なんていないんだと知った。


長所と短所は表裏一体、どちらか一方だけという事はあり得ない。
だから自分に対しても他人に対しても、長所と短所を丸ごと受け入れてあげれば良いんだ。

 

そう考えると、このクセで並々の髪の毛は良くも悪くも俺自身。受け入れてあげれば良いのかな。と思えるようになってきた。

 

簡単には伸びてクセの目立ってきた髪の毛をいじる癖は抜けないが、鏡の前でピロンと気になった白髪のクセ毛を一本ずつ抜くのはやらなくなってきた。

 

時々は抜きたくはなるけどね。

 

成宮の突然の引退を考える

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今日、俳優の成宮寛貴が引退声明を出した。


薬物騒ぎネタで写真週刊誌に載ってワイドショー騒ぎになり、本人的にもプライバシーと一番近くで信頼していた人間に裏切られた事が理由だと言う。
消えてなくなりたい。なんて言う言葉の表現からも相当のショックを受けているのだろう。

元々成宮なんていう俳優のことはよく知らない。

相棒というドラマで活躍していたと言う程度しか知らない。


苦労人らしい。


ご両親に恵まれず、弟の学費を稼いで学校に行かせていた。なんていう話しもある。

 

そんな彼の今回の行動をテレビを通じて知った者としてい言いたいのは、

 

これを糧にして大きくなれ!!

 

今すぐじゃなくても良い

10年後でも良い

 

復活して大俳優になれ!!

 

勝手に色々と想像するに、

彼は、優しさと責任感に満ちていて相当頑張って生きてきたんだと思う。

 

本当は同年代の若者たちと同じように遊び楽しんで時間を過ごしたかったのを、自分を犠牲にして家族のために時間を費やした。

確かに俳優として成功して家族のための責任を十分に果たしてきた。

 

だけど自分に対しては、自分を律するあまり、本当の自分とのギャップにさいなまされてきてしまったのではないだろうか?

 

自分は家族を守る立場である以上、こうでなくてはいけないというテレビや世間の手前で見せなくてはいけない自分。

 

本当の自分ってなんだろう?とギャップを感じながら迷い探し続けたのか、それとも元々気付いていたのかは分かりませんが、自分の姿、セクシュアリティな姿

 

自分の本当の安住のすみか

 

それだけはマスコミやテレビや世間に知られたくない

 

なぜ、彼は自分に鎧をかぶせて俳優をしていたのだろう?

なぜ、彼は本当の自分をさらけ出すことにためらいを感じていたのだろう?

なぜ、彼は本当の自分を知られることを恐れ、ひたすら隠していたのだろう?

 

隠すことで守りたい何かがあったのだろうか?

 

そんな、なぜ?を考えれば、今回、この程度のスキャンダルで、引退表明をさっさと出してしまったことにはなんとなく分からなく無くもない。

 

きっと、絶望感で落ちるところまで落ち、立ち直れない気分になってしまったのだろう。


普通だったら自殺してもおかしくはない

 

だけど、彼は自殺なんて絶対にしない

守りたい家族があったのだから。

守りたい家族のための勇気と優しさを持った人間なのだから。

 

守りたいものを守るために自分の翼を休め安らぎを得る場所であった誰にも触られたくなかったプライバシー面

 

そこを掘り起こされた

 

まだ34才?まだ若い

 

いつか自分の本当の姿はいくら晒したって良いんだ

これこそ俺なんだ

そう自信を持って言えるようになった時こそ

また舞い戻ってこれるはず

 

これはきっと彼にとっての試練なのかもしれない

彼が大きく成長するためのステップなのかもしれない

 

またいつか堂々と舞い戻ってくれば、きっと大物俳優になるだろう

忘れている子供の頃のトラウマ

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小学3年か4年か5年の頃かな?

 

トラウマ


初めて自分の容姿を大きくからかわれ、しつこくバカにされ、いつまでもなじられ、自分にとって深く傷つき無意識レベルで自分でも嫌いな部位になりました。


自分、天然パーマなんです。


天然パーマ、とか天パーとか、大嫌いな言葉です。
くせっ毛っていう言い方はまだ救われる言葉です。

 

チリチリ。

 

髪の毛が焼けて焦げた状態・・・

 

アムロのアタマに原爆おーちた♫、ひゅーう!ぼん!チリ♫」

 

アムロと言うのは当時のアダ名でガンダムアムロレイに似てたって事から。


当時のクラスメイトのK山君がよくからかうように俺の前で歌ってた。

 

ケンカはもちろん口ゲンカでも弱い俺は、悔しいと思いながらもヘラヘラ笑ってやり過ごすか、無視するか。


そんな対処の仕方だった。

 

それ以来、自分の髪の毛が嫌いだった。


スポーツ刈りが決まる直毛の友達が羨ましかった。


だからと言ってどうしようもなかった。

 

小4の頃だったかな?


髪を極限まで刈るとクセが直るなんて聞いたような・・・


だから、初めて五分刈りにした。

 

それでも変わらんかった。

 

アイロンパーマと言うのは、コテで直毛にしてくれると聞いて、やってもらった事もあった。

なんも変わらんかった。

 

顔の見た目にはコンプレックスがあった。
長いまつ毛がイヤでハサミで切った事もあった。

母親に泣かれた。

 

中学に入るときそんなに言われなくなった。
それでも容姿に対するコンプレックスは残っていた。

 

髪の毛が格好悪いからモテない
髪の毛が格好悪いから彼女が出来ない
髪の毛が格好悪いからバカにされる
髪の毛が格好悪いから相手にされない

 

そんな妄想に囚われていたかも知れない。

 

高校、大学、社会人になればそんな事忘れてきたし、なんであんな事で悩んでたんだろう?と無かった事のような感じに心の中で処理をしていた。

 

今思ってもさほどモジャモジャじゃないし、クセはあるけどなんとかなるレベル。
気をぬくと寝クセがでちゃったりはするけど。

 

それでも鏡で自分の顔や頭を近くで見たりして、気がつくとクセのある髪の毛を一本ずつ抜いていた。

 

長くなったのでここまで

つづく