今日もここから「腹の中、闇ってる?オイラの言い分」

いつも心にフィルターをかけているワタクシが、心の底にある気持ちを出して、少しずつフィルターを溶かしていくブログ

つながりで商売するとは?

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最近、コミュニティや繋がりの中で商売することの大事さが謳われている。
人とのご縁や人脈などは生きていく上でも商売をする上でも何よりも大切なことです。

しかし、そのご縁や人脈に縛られ、誰が自分のお客さんなのがを見失うような商売をしていると、とても危険が潜んでいるんだなって事が分かる出来事があった。

うちのスタッフが、ある商売の異業種交流会に参加していて、そこの繋がりで看板を作ってもらうことにした。
その異業種交流会の中には私の知り合いは沢山いましたが、私は入会していません。
その異業種交流会の中に入ったことがないので、詳しいことは知りませんが、主旨としては、仕事を頼むなら知らない人より知っている人、会の中で出来る人を紹介しあって、会の中で仕事を受注し合いましょう。ウインウインになりましょう。
という感じでしょうか。
だから、会の中の人達はすごく仲がよさそうで、繋がりの強さを感じ、団結を感じ、勢いや盛り上がりを感じます。

私もスゴイなぁ〜と感じていたので、
うちのスタッフも参加していることだし、彼女のつながりのある人に紹介してもらい看板を建てようと思いました。
看板自体は滞りなく、私も満足したものを建ててもらったので何も問題ないです。
建ててもらって良かったと思っています。

 

ただ、その営業の人にとってのお客さんは、私ではなかったみたい。

 

私の方に意識や関心が来ておらず、常に同じ異業種交流会仲間のうちのスタッフの方に目が向いていました。
3人で立ち話をする機会があっても、その異業種交流会の話ばかり。
看板を注文してくれたお礼に施術を受けに来てくれたようですけど、俺の頭越しに彼女とのやり取りのみ。
その後、彼女の自宅サロンにも施術を受けに行くらしい。

ま、別に看板を作ったお礼を俺にして欲しいなんて思ってないし、うちのお店に施術を受けに来てくれたことはありがたいと思ってます。

 

でも、なんだかなぁ〜って感じ。

 

看板を注文して、代金を払っているのは俺なんですけど・・・

 

今回の仕事に関してのお客さんは俺ではなくて、同じ異業種交流仲間の彼女がお客さんだったみたい。

 

仲間内で、仲間を大切にし、感謝しあい、絆を深め合うのは結構なことです。人脈を駆使して紹介し合うことも良いと思います。

でもね、別に俺に感謝しろなんて思ってないけど、なんなんだろうね、この気持ち。

 

誰がお客さんなのかを見誤ることはとても危険なことですね。自分の所属するグループ内の人ばかりを優先し意識が向き、所屬外の人をないがしろにする態度は、そんな事を露程にも思っていなくても、接すれば感じるし分かります。

違いがなければ知らない人より知っている人、信頼できるグループ内の方が仕事は得られるでしょう。
その為にどんな人脈を太くし、どんな付き合いを深くしていくか。


商売というのは、困っている人や興味のある人たちに、他との違いやメリットを届けることこそが道であると私は教わりました。

大きな組織に所属することは大きなメリットもあると思います。ただ、そのメリットを生かせるような業種の商売を自分がしているのか?を見極めることは大事ですね。
所属する会の大きさに惑わされて自分のお客さんが誰なのか?どこに居るのか?を見失ってしまうのは商売をやる上でとても危険を感じました。

 

もう私はこの方に仕事を頼むことはないでしょう。そして、この異業種交流会繋がりの紹介などを受けて何か仕事を頼むこともないでしょう。

 

商売は一人では出来ない、人との繋がりがないと商売にならない。特に紹介できてくれたお客様への接し方には気を配るよう心がけよう。

 

なぜしゃべれないのか?

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今日読んでたネット上の記事の中で、年齢を実際より上にごまかしてたところを、ホントはもっと上だろ?と言われてしまった出来事で「そのころから落ち着いていて物怖じせず発言するタイプだったせいか、逆にサバ読んでいるんだと思われた。」という一文があった。

 

物怖じせず発言

 

俺っていつも物怖じして発言することを恐れているな・・・この年になっても。

 

発言することを恐れているというよりも、物怖じせず発言したことで周りに変な空気を呼んじゃったり、変に思われて相手にされなくなっちゃうんじゃないか。


そういう事への恐怖感がある。

 

だから、人といてもあんまり自分から話しをしたり、エピソードを話したり、ある出来事に対して思ったこととかを話したりしない。


会話の中で話すといっても、なんかわかったような口ぶりというか、一般論というか、当り障りのないことというか、つまらないことををしか発言しない。

 

人の話しというのは、人柄が表れるようなエピソードだったり、感情の揺れ動きだったり、本音が出たり、そんなのがあらわになったりするから面白いのだと思う。

 

だけど、俺の場合はそういう話をしない。しないというか出来ないのだ。

 

本音を出してしまうと皆が自分から離れていってしまうんではないか、という恐れを感じてしまう。

 

さて、どうしよう?

銀行さんお役所さん

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今日は午前中から嫁さんと年末調整のために提出する申告書作りをしていました。


住宅ローン控除を去年の確定申告で提出したので今年は税務署から申告書が届いていました。


通常は銀行からも残高証明書が届くのですが届いていなかったので銀行に直接頼んでようやく届きました。


銀行や税務署などのお役所に問い合わせする時はコツが有ると思う。


彼らは自分の役割と淡々とこなしているだけなので、役割から外れたことに融通を利かすことはない。


だから情に訴えるようなことをしたり、ちょっとくらい良いじゃん、という気持ちで接すると、逆にイライラしてくる。


だから、こちらも淡々と話し、彼らの役割の範囲の中でどうやったら事務的にテキパキと進むか、彼らが動きやすいかを考えて対応すると意外に早くことが進む。


要するに向こうの土俵で相撲を取ってあげることが結果的に早く済むコツなのかな?


今回も申告書の書き方のルールに沿って書いたのに間違いを指摘されたので、どこが間違っているのか?だけを聞き、なぜ残高証明書が届かなかったのか?何がネックだったのか?だけを問い、相手の落ち度などは批判しないようにした。


そうすれば次回以降の対応にも理路整然と説明することができ、相手もそれにそって動きやすくなるというものだ。


お役所や銀行でのやり取りというのはイライラしたら負けである(笑

日本歴史勉強会

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先日、講師業をしているマッキーさんが近現代の歴史の勉強会をするというので参加してきました。


マッキーさんは、商売の基本の勉強会や、古事記勉強会、覚悟の作り方勉強会、などのセミナーを新潟を中心に草の根的に開き、今では全国各地にひっぱりだこの人気講師です。


今回は近現代史を紐解いてくれるということだったのですが、上述のような勉強会をしているマッキーさんのことだから、単に事実を羅列するのではなく、古事記などを絡めて日本人がどんな在り方に基づいた行動だったのか?などを教えてくれると思い、とても楽しみにしていました。

 

(歴史とは?日本人とは?日本人が知るべき歴史とは?これから日本人として生きていくうえでの拠り所をどこにすべきか?などを教えてくれました。)

 

とても感動し、共感し、やっぱり日本人で良かった。と思えたので、それをこのブログで伝えていきたいと思います。

 

・日本の歴史を知らない世代


よくテレビや新聞などで、歴史問題、教科書問題、などがとりあげられます。
そうすると日本人が戦争で行った悪かったこと。などを理由にいろいろ批判を受けます。
その一方でGHQによって歪められた戦後教育によって、日本人としてのアイデンティティを失う恐れなどの話題も耳にしてきました。


私は、戦後第一次ベビーブームの子供世代、つまり第二次ベビーブーマーなのですが、我々の世代はそんな話を聞いた時、まるで他人事のような気がしたり、そういう日本人らしさの話しをしたり、国のことを想う事を話題にしたりすることがタブーな気がしたり、ダサい気がして、なんとなく避けたい気持ちになっているのでした。
そして欧米へのあこがれ、日本の文化への軽視、そんな意識が生まれながら子供時代を過ごしたのでした。

 

GHQは2度と日本が戦争を起こさないように、戦後改革を行いました。
その一環として教育が改革されました。
その内容は戦前の日本人の考えが悪かったから戦争を起こしたのであるから、戦争を起こさない民主的な考えの日本人に教育しようというものです。


大人になり、この7〜8年位の間でしょうか?その意味は、実は日本人の精神性を恐れた欧米人が、日本人をアイデンティティから壊し2度と欧米人に逆らえなくするための教育だと知ったのは。
そして、その教育をモロに受けてしまい、欧米に逆らえない自虐史観を持った人間に洗脳されてしまった世代は自分たちであることを。

実感として自分たちがその張本人だということに気づき始めたのはこの数年です。

 

教育問題で、日本人としてのアイデンティティを骨抜きにされてしまっている事なんて、まるで他人事で、まるで他国の話のようが気がしていて、まさか自分たちのことではないと思っていました。

それがまさか自分たちが、まさにその日本人を忘れさせられた日本人の第一世代だったなんて・・・

 

そう思うと悔しい思いが生まれてきました。
本来なら憎しみを抱いてよいはずの欧米に対して、自虐的史観のせいで憎めない自分。

 

それなら、過去の出来事で他人他国を憎むよりも、自分たちは日本人から見た日本の歴史を知らされていない世代なのだということを自覚し、今一度なんとかして、日本人がどう在ったのか?を知り、早く日本人らしさをとりもどし、それを生活の中で実践し、そして、次の世代に伝えていくことが何よりも大切な事なのではないかと思います。

 

その一歩として日本人から見た日本人としての歴史を知り、江戸時代までの日本人がどんなアイデンティティを持って生活していたか、そして明治維新後、近代化・グローバル化の波の中で日本人として何をしてきたのかを知り、整理していくことから始めたいと思います。

技術・スキル・スペック厨

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とって、入れて、出す

 

いままで技術や、スペックが高いことが大事なことだと思ってた

何かのスキルを高めることが、人に尊敬され、自分の収入につながり、生活が出来ると思っていた。

一所懸命技術を高め、知識を深め、スキルを使って施術することが患者の為になると思っていた。

スベックが高まって色々なことが便利になる事だけが良いことだと思ってた。

キチンとしていることが良いことだと思ってた。何事もなくスムーズに行くことが良いことだと思ってた。

 

違うんだ

 

大事なのはエピソードなんだ。

 

交わりなんだ。

 

どんな風に思ったか、お互いの想いを交わし合うことが大事なんだ

 

技術やスペックや便利さは、想いを交わし合うネタにすぎないんだ。

ネタはなんでも良いんだ。

 

想いを交わし合い、楽しむことこそが人生なのだ

 

ネタはなんでも良いんだ。

 

ひとりぼっちでは変化が起きない

 

何もなかったように過ごすのはとても寂しいことだ

 

違和感を感じて、それと向き合い言葉にすること

 

それが人間なんだ。

 

・・・・なんて、思ったことをつらつら書いてみる

 

 

物質とメンタル

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【独り言】
あの世やこの世に起きている物質の変化の原理原則を扱うのが物理だとしたら、メンタルというエネルギーのうつろいを扱うのも物理なのだろう。

だからこそ、宇宙の目に見えない物質、目に見える物質を扱う天然自然の原理原則が、宗教、商売、人間関係、など、人間の社会活動を扱う原理原則と共通しているのかも知れない。
#ウツシ

施術系社団法人の心配な資格商法

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今時の、筍のように湧いて出てくる社団法人の資格商法は気をつけなければいけない。

先日、ある社団法人の腰痛健康セミナーに行ってきた。
背骨を意識したコンディショニングトレーニングと仙骨から頚椎1番までの矯正を組み合わせたノウハウで行うプログラムだった。

なぜ興味を持ったかと言うと、普段からフルスパインをアジャストメントし、ラニアルテクニックで頭骸骨を調整している身として、背骨の健康をセルフトレーニングで予防する事は、これからの時代大切なことであり、トレーニングという手法で関わるのは自分の見込み客集めにも有効であると思ったからでした。

事前の情報収集的にも、私の場合、トレーニングに関しては素人ですが、背骨の矯正に関する考え方がどんなレベルなのかはちょっと読めばおおよその予測はつきます。

二つほど◯◯理論と掲げて独自の考えと載せていましたが、まぁ私からすればすでに知っている当たり前の考え方でした。

この二つを大前提の理論として掲げているのは、哲学の浅さが見受けられて中身は知れているなと感じましたが、今回私の知りたいのはコンディショニングの展開の方だったので、参加してみることにしました。

講師はスポーツジムの元インストラクターで、この社団の組織に入って2年。トレーニングの知識はあっても身体の仕組みや施術についてはまだまだ浅いようです。

たった3時間の講座なので出来ることは限られています。
二つの◯◯理論の説明から始まりましたが、内容はどこかからパクってまとめただけという感じでした。
所々、それ解剖学的にもおかしいだろ?ってツッコミどころ満載でしたがあえてスルー。
そして、ようやく腰痛予防のための3つの筋肉群の筋トレ方法。そして背骨の可動域を増やすためのユラユラ体操?が5個ぐらい?
流れの中で体操を進めていくトークをトレーナーの人はこんな感じで行なうのか?というのはとても参考になりました。
チューブを使った筋トレもユラユラ体操も、やればやっただけ、やった感があるので、なんか腰も股関節も柔らかくなった気がして、やった感と達成感が感じられ、受講するお客さんにもウケは良いだろうな。と想像でき、手応えは感じられました。

ただ、問題はそれが終えてから。

最後に講師による施術体験が行われました。
仙骨が1番原因だと連呼していましたので、どんなアプローチをするのかな?と見させてもらいましたが、これはちょっと頂けない(汗)


仙骨に手根を当てて軽く押してポキポキ音をさせていました。
その音を指して、「音がするでしょ?仙骨が動いているんです。」
なんてほざいてました。
それを聞いてる素人の受講生は、「ホントだ、音が聞こえる🎵」
なんて言いながら関心してます。
同じように腰椎胸椎頚椎の音をさせてました。


うーん、矯正の効果とか関節を動かせているかは別として、その押し方で関節の音がするかな?
と不思議に感じました。
実際私もやってもらいましたが、唖然、でした。

そ、それって自分の豆状骨を骨の突起や靭帯、腱に引っ掛けて弾いているだけじゃん(汗)

音というのはその弾いている時のじゃん(汗)
ほんの皮膚の浅いところでっせ音がしているのは・・・
関節の動いた音では・・・

百歩譲って、こういう施術というのは、効果がなくても身体に悪影響さえ及ばさなければ、何をやっても許される時代です。
だから昨今は簡単にマスターできるソフトな◯◯式△△療法なんてのが百花繚乱溢れかえっている。
それも仕方ないと思う。

しかし、施術によって逆に悪影響を与えてしまうとなると話しは別だ。

背骨を矯正するというのは効果も高いが熟練を要するのでリスクも非常に伴う。
だから何より安全面に気を配って施術を行なう。それは何十年経験を重ねても変わらない。むしろどんどん怖さが増してくる。
私の師匠も出来れば頚椎はアジャストしたくない。と話す。

今回1番驚いたのは頚椎の矯正だ。
頚椎1番を矯正しますというので受けてると、
え?そこって・・・後頭骨じゃね?外後頭隆起から後頭骨ラインじゃね?
って思ったので思わず聞き返しました。

「え?今頚椎1番を矯正しているんですよね?」

「そうですよ。そしてこの辺が横突起の矯正ですね。」

え?そこって頭骸骨の乳様突起じゃね・・・?


それに、そもそもアトラスを後ろから押そうとするなんて・・ありえん。だって構造上前には変位するけど後ろには変位しないから。つまりズレを助長させてるし(汗)

実際豆状骨をポキポキさせて押してる場所は後頭骨と側頭骨なんだけど、俺にとってはコレが良くなかった(涙)
やられている時から嫌な予感がしてました。

当日の夜から、頭痛はするし、バランス感覚は狂ってフラフラするし、全身力が入らなくなるし、腕と脚は痺れるし、頭の中はモヤ〜っとして思考は鈍るし、最悪でした。
ハッキリ言って身体を壊されました。

今回思いました。信頼できないヤツに絶対上部頚椎と頭骸骨は矯正させないって。

短期間に安易にテクニックを教え金儲けをする社団法人がたくさんあるが、人体に悪影響がない手法であれば、すでに裁判所の判例で容認されているので、ある程度野放しになっていても仕方ないと思う。でも悪影響のリスクの高い手法は別の話で、特に背骨の矯正はリスクが高いのでそれを売りにしているところは要注意です。
全くの素人が簡単にマスターできたと思って実践すると必ず患者側にも術者側にも不幸が起きます。

教える人に教えるインストラクターがあのレベルではとても心配です。
事故が起きない事を祈るばかりです。