今日もココカラ

いつも心にフィルターをかけているぜきちゃんが、心の底にある気持ちを出して、少しずつフィルターを溶かしていくブログ

幸せのショートカット

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いきなり多くのことを

 

望むのはやめよう

 

 

人と自分を

 

比べるのはやめよう

 

 

足元の幸せの青い鳥を

 

大切にしよう

 

 

 

それだけで

 

きっと

 

幸せになれるよ

ご縁

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今月は不思議な感じがする
新しいご縁が生まれようとしているのか?
その影響で価値観がかわろうとしているのか?
頭のなかで考えがまとまらずぐるぐるしている。

ただ、先月までの自分とは違うのは確かだ。
何かが変わろうとしている。

警戒してブレーキをかけようとする自分もいる
イケイケで、つきすすもうとする自分もいる

変わりたいと思っている自分が変われないのは、何かピースが足りないか、ピースが違うからなのだ。

それをつかめるだろうか?

大きな何かに飲み込まれてしまうだろうか?


ご縁につきすすむべきなのか?それとも遠慮するべきなのか?

ご縁というのはやってきてつかまなければ通り過ぎていくものです。
わざわざ自分から遠ざける必要はありません。

もしつかまなくても、私にとって必要なものであれば、形を変えてまたやってくるでしょう。

 

しっかりと自分と真剣に向き合おう

すべては今なのです

変化は一遍には来ないが、一歩、半歩と確実にやってくる

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ここ数年、変われそうで変わりきれない

 

変わってきているんだけど、変わりきれない

 

そんなもどかしさを自分に感じていた所でした。

 

ところが、

 

今週は怒涛のように気づきを起こさせてくれる出来事がありました。

 

先月、こころとからだのHappyイベントで、個性心理学の個人セッションを受けました。

 

その時、あなたはとてもめずらしい個性の持ち主だ。

 

とてもすばらしい

 

といわれたんです。

 

それはなんかこそばゆくて嬉しかったんですけど、

アドバイスとしては、ご先祖様に守られていますから、できるだけお墓参りをしてください、そうすればもっと良いことがありますよ。

と、言われたんです。

 

まぁ、たしかにご先祖様は大事だから感謝はしなくていはいけない。

そうは思っているんですけど、どこかしら素直にそう思えない自分がいました。

 

父親が死んでから、父方の親族とはうまくいっておらず、よく思うことが出来ない自分がいました。

普段から特に付き合いがあるわけではないのでどうということはないのですが、希薄な分、何かあった時の一言一言が気に障りました。

 

そんなことで父方のご先祖様、そしてもう他界している自分の父親に対してどこか素直になれない自分がいました。

 

現在でも感謝していないわけではないので、少しずつそういう気持ちを育くめば良いや、と思っていた所。。。

 

昨日ユーチューブで何気なく順番に動画を見ていたら、報道ジャーナリストが硫黄島にいついての講演会をしていたのをたまたま見たんです。

 

それを見ていて、戦争時の硫黄島での激戦の話、その時の日本軍の皆様のお気持ち、そういうのを聞いて、自然と涙が出てきたんです。

この島を奪われれば、米軍の本土への攻撃が容易になってしまう。本土の女や子供達が犠牲になる。この島を1日伸ばせばその犠牲が1日伸ばすことが出来る。5日伸ばせば5日犠牲を伸ばすことが出来る。

そう司令官が叱咤して激戦となったそうです。

自分の書斎で一人、昼間から動画を見ながら涙が出てしまいました。

今自分がこうして安穏と家族でのんびり暮らせているのはこの人達のおかげなんだ。

本当にありがとう。ご先祖様、本当にありがとう

自分の心の中で素直でなかった部分が溶けていくのを感じました。

 

そして自分の父親に対して

 

ふっと、一つの思いが浮かんできました。

 

俺は子供の頃、父親に甘えたことがない

甘えた覚えがない

今、娘が俺にしてくれるように

父親に甘えた覚えがない

 

もしかしたら、子供の頃に父親に甘えたかったのだろうか?

父親にわがままを言いたかったのだろうか?

そんな思いが浮かんできました。

 

そうだったのだ

 

自分は甘えたかったのだ

 

そう思うと、自分の中の父親に対する素直になれなかった気持ちが和らいできました。

 

うん、うん

 

40歳を過ぎてからいつも感じていた苦しい胸の痛み(これは軽い漏斗胸という肋骨の変形による呼吸の浅さから来る痛みと私は勝手に思っていますが)、が軽くなってきている気がしました。

 

そして、久しぶりに父親の仏壇に線香をあげ、手を合わせることができました。

 

ありがとう、という気持ちで。

 

ここから自分は変わっていくだろう

舵の向きが変わったのを感じる。

 

自分の腹の底に感じることができなかった部分にチカラを感じる

 

 

 

 

 

自分に足りないもの

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足りないのは対話力・会話力・説明力だ


自分の人間性や個性や器が低いのではない。覚悟がないのではない。

 

自分の在り方が悪かったのではない

 

引き出しも沢山ある、引き出しの中身も決して悪いものではない、引き出しの中身の提供の仕方がズレていただけだ。

 

提供の仕方のスキルが低かっただけなのだ。

 

そのスキルが低いだけで、自己評価を低めてしまっていただけなのだ。自己否定してしまっていただけなのだ。気後れしてしまっていたのだ。

 

対話力・会話力・説明力は後天的な能力だ
スポーツや運動と一緒である。

ノウハウを知れば向上することが出来る
経験を積めば向上することが出来る

 

今自分に必要なのはメンタルヘルスを鍛えることではない。
今自分に必要なのはカウンセリングではない。
今自分に必要なのはコーチングを受けることではない。
今自分に必要なのは人間性を高めることではない

 

さぁ、行こう!

 

今自分に必要なこと、それは対話力・会話力・説明力というスキルを学び実践し高めることだ

それはやればやるほど、練習すればするほど高まっていくものだ

 

気づかせてくれたSさん、ありがとう

いつも導いてくれているMさん、ありがとう

なぜ、声が小さいのか?

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しゃべっていたり、独り言を言ったりする時、どうして声が小さくなってしまうのでしょう。
言いたいことを言おうとしても、言葉の最後がしぼんでしまう
喋っても蚊の泣くようなか細い声になってしまう
言葉が続かなくなってしまう

これは気持ちやメンタルの影響もありますが、
カラダの使い方としては、発生をする時の横隔膜の使い方に問題があります。


か細い声になってしまうときは、たいてい横隔膜が上手く使えていません。
みぞおちより上の部分だけを使って胸に空気をためて発しようとします。
そうすると声にチカラが乗りません。
尻すぼみになるような声の出方になってしまいます。

それでは声が小さくなり、人に届くようにハッキリと喋ることが出来ないですね。

それではどうすればよいでしょうか?

横隔膜を動かし、下腹部を膨らませてシッカリとチカラを溜め込み、言葉を発するのです。

イメージとしてはへそとみぞおちの間あたりをふくらませるようにしてみて下さい

どうですか?

なんかポッコリお腹の出た中年のおじさんの腹のようになりませんか?((笑

ちょっと見栄え的に良くないように見えるかもしれませんが、この時が一番腹に力が入っています。

しっかり肺に空気を溜め込み、横隔膜を使ってそれを受け止めている状態になります。

その状態で「はぁ〜〜」と、発声してみてください。

しっかり腹の底にチカラが入り、声に腹の底の力が乗っているような声が出せていませんか?

この横隔膜への力の入れ方を繰り返し練習して見て下さい

次第に慣れてくるでしょう。

そうすれば声を発する時に自然とこの力が声に乗ってくるでしょう。

「腹に据える」

という言葉あります。

メンタル的に、しっかりと覚悟ができた時、腹に力が据えられます。

恐らくメンタル的に腹に据える事ができても、
それが本来の腹の横隔膜の使い方につながっていなかったのではないかと思います。

自分の気持ち、腹に据えた気持ちを、しっかりと横隔膜に伝えて、力強い声で発していけば、きっと自信たっぷりな話し方になっていきますよ。

頑張って!

このエクササイズを続けて、無意識にでもそうなるようになるまで続けて下さい。

応援しています!

目の前を味わう

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今日は今朝から娘のiPadのLINEアプリが不具合があって、半日かけて設定しなおしてました。
出かけようと思ってたけど中途半端になり諦めモード。


Facebookを見ると皆が楽しく出かけていて羨ましいという思いがまた出てきた。

 

子供達も1日家でテレビ見たりして遊んでる。
またまた、あぁ、また家族揃って家でダラダラしてしまってるし(自己嫌悪)

なんて事を考えている自分に気付くw

 

子供達はダラダラしててもそれなりに楽しそうにしている。


目の前の事を楽しんでいる。

それが大事なんだね。

 

目の前で起きている事を楽しむ。

 

半日かけてLINEを設定し直した事を楽しんで味わおう。

味わってこそ、それを経験した意味が出てくるのだ。

スタッフは宝

先日、ウチのスタッフと話になった時、FCの社長さんのカリスマ性の話題になった
スタッフを絶対やめさせないために、説得をするそのチカラ、話術、情熱、圧倒する存在感が人を魅了しているのだろう。
と話した。
そのチカラで、辞めようとしていたスタッフが社長の魅力に改めて気づき、改めてお店のために頑張ろうという気持ちになれる。


すごいよね。


羨ましいね。


そんなチカラが欲しいね。


自分にそんなチカラがあるだろうか?

 

自分だったらどのようなチカラを使ってスタッフを魅了することだ出来るだろうか?

 

今日も成長して欲しいなと思っているスタッフと少し近づける機会があった。

頑張って仕事をしていた結果として痛くなった手首を治してあげた。

それによって痛みのある手首が緩んできただけでなく、彼女本人の気持ちにもちょっと緩みが出てきたような印象を受けた。

 

俺に出来ることはこれなのかな?

人を魅了するようなカリスマ的な言葉をかけてあげることは出来ないかもしれない

 

スタッフを大切にしているという気持ち

 

俺がしてあげられることを一生懸命してあげる気持ち

 

俺のできる手技でサポートしてあげる

 

カラダを扱う仕事をするスタッフをカラダのメンテナンスでサポートしてあげる

 

それによってまた一生懸命頑張ろうという気持ちになってもらうことで、応援することが、俺に出来ることの一つだろうか?

 

スタッフは宝だ

スタッフが居てくれるからこそお店が回る

スタッフが居てくれるからこそ私の望むお店の運営ができる